ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。現在はベルリン→東京へ移住済。海外経験後の帰国生活についても配信中。

東京砂漠で戦う人々に必要なのは「行きつけの禅寺」でのデジタルデトックス。 座禅と精進料理を学ぶ一泊二日の宿坊体験。

「行きつけの寺とか欲しいんだよね」と軽いノリで友人が言った。

完全にテレビドラマの影響だ。

主人公のIT社長が世の中につかれて逃げ込んだのが寺だった。

「安直じゃない?」と言いながらも、内心すでに計画を組み立てていた。

私も行きつけの寺が欲しかったのである。

 

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東京から2時間ほどでたどり着く山頂の寺は、かつて15年ほど住職不在で山奥でひっそりと眠っていたことがある禅寺だ。

待ち合わせの最寄り駅から住職さんの車に乗り込み、山を登り、川を超え、景色を堪能する気分も失せるほどの曲道で車酔いしたころに辿り着いた。

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まるで時代に取り残されたようなこの寺は、携帯の電波が届かない。

(最終日にはFree-Wifiが飛んでいることを知って喜べばいいのかガッカリすればいいのか、複雑な気持ちになったが、ありがたいことには変わりはない)

タイムスリップしたかのような錯覚を覚えるお寺は、鎌倉時代に建てられたという。

 

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到着早々お堂に集められて写経の説明を受ける。

経典を見ながら書き写すのではなく、すでに用意された般若心境が書かれた用紙の上に半紙を重ね、透けて見える文字をなぞればいいスタイルだ。

写経に慣れていない初心者も安心の写経入門である。

 

「写経を開始する前に意味を説明してしまうと、書きながら考えてしまって無心になれないので、まずは意味も分からないまま一心に感じを書き連ねて精神を集中してみてください」

なかなか憎い演出をする住職さんである。

縁側に机と座蒲団を持ち出して、少し飽きたら外の緑を眺めつつ、たっぷり一時間ぐらいかけて一枚の写経を書き終わる。

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そのあとは順番にお風呂に入って、着替えたら読経の時間になるという。

住職が趣味で(!)作ったという露天風呂の順番を待ちながら、私は周辺の自然を散策に出かけ、「行きつけの寺」発言をした友人は縁側に寝転がる。

なかなかお目にかかれない立派な苔に魅了されて時間をとっていると、寺に戻った時には「女の子が消えた!」と少し騒ぎになっていた。

電波が届かない場所で勝手な行動は厳禁である。

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順番にお風呂に入り、ゆったりとした寝巻に着替えて再度集合すると、早着替えのパフォーマンスで住職さんの威厳が増していた。

作務衣から袈裟に着替える時間は10分ほどしかかかっていない。

 

黄金に輝く祭壇の前に座蒲団を敷いて住職さんの説明を聞く。

説明はいたってシンプルだった。

「間違ってもいいので、大きな声で一緒に唱えましょう」

先ほどの写経の時間に書き写した般若心境を、住職さんと一緒に大きな声で読み上げていく。

意味は分からないまま「ギャーテー、ギャーテー」と音のままに繰り返していくと、いつの間にか心が落ち着いていく。

座禅の心得を説いた読経も一緒に唱えるころには「ああ、お寺に来たんだなあ」という気持ちになった。

その時までは都会から山奥に来た高揚感で心がザワついたままであったが、このような時間を通して「宿坊に泊まる」という心持ちに整っていくのだろう。

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読経が終わると食事の時間。

「精進料理って、きっと味気なくて質素だけど、それもまた修行のうちなんだろうな」と勝手なイメージを持っていたが、このお寺の食事は文句なしにとても美味しかった。

「おかわりもあるからね」と促され、友人は喜んで二杯目の野菜たっぷりなお味噌汁を受け取る。

「若い女性は食べきれるだろうか?」と食事の量を気遣ってくれていたらしいが、住職さんの心配をよそに一番おかわりしたのは友人だった。

 

「この茄子の煮びたしは生姜以外に何で味付けしているんだろうか?」

「ふろふき大根の上に載っているお味噌は何故少し辛いんだろう?山椒かな?」

食べながら精進料理の奥深さ、また日本古来の食品、味付けに感銘を受ける。

「高野豆腐は味付ける前に、戻した時の水気を完全に絞っておくといいよ。」などと、参加者の女性から料理の知恵を教えていただく。

はじめましてのメンバーなのに、楽しく食事をしていたらあっという間に1時間以上も時間がたっていた。

「お寺によっては食事中の会話は厳禁ですが、うちのお寺では楽しく食べていただくことが一番だと思っています」

住職さんの計らいで、普段ではかかわることのなかった年代、個性ある人々と深い話をすることもできた。

本当に楽しい食卓であった。(半分以上は友人の面白い会話で場が和んでいた)

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食器を片付けると、法話の時間。

「私から一方的に話しても面白くないだろうから」と集まった参加者から質問を募り、その質問に住職さんが答える形で始まった。

「般若心境の『ギャーテー、ギャーテー』という言葉の意味は何ですか?」

「仏教では殺生をどのように定義していますか?宗教戦争などで戦いが起こるとき、どのような理解の上で民を守り、戦ってきたのでしょうか?」

参加者の皆さんが仏教に関連した、普段からの疑問を投げかける中、私や友人は個人的な質問を投げかける。

「ちゃんとお礼も、恩も返せないまま亡くなってしまった恩人を弔うにはどうしたらいいか。後悔の念にさいなまれて苦しいが、この気持ちの対処法が分からない。」

「理解できない思考回路の上司のパワハラに悩まされている。心身に影響が出るほど疲れ切ってしまったが、どのように対処すべきか?」

住職さんはどんな質問が飛んできても笑ったりせず、真摯に受け止めて答えてくださる。

 

中には答えの出ない問いもある。

行動の中で見つけていく答えもあるかもしれない。

ただし「自責の念」や「他責の念」から離れ、心の平安を保ちながら様々な事象に向き合っていく心持を説いてくださったと感じた。

本来であれば30分ほどで終わっていたかもしれない法話の時間が、2時間ぐらい話し込むほど内容の濃い時間になったと思う。

 

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法話の時間が終われば、あとは就寝するだけ。

あいにく霧が深い夜で、星空を見ることはできなかった。

「山の中だからね!」とある程度虫が発生することは覚悟していたけれども、やはりムカデや蚊に噛まれるのは避けたい。

布団の周囲に虫よけスプレーを振りかけて眠りにつく。

(友人も私も入浴用のタオルは忘れたくせに、虫よけスプレーだけはバッチリであった)

 

目を閉じれば、古い木の匂い、少し湿気を吸った畳の匂い、周囲の木々がため込んだ水の匂いがする。

呼吸が深くなるにつれ、風の音、雨音、そして虫や動物がなく声が聞こえる。

自然のお腹の中に入り込んだ感覚を覚える。

「スマートフォンのアプリで聞いている『自然音』よりも生音オーケストラが最高だ」

そんなことを考えている間に眠りに落ちていた。

 

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「ホーホケキョ!」「ピー、ピチピチピチ!」

鳥の声で目覚めると霧が晴れてさわやかな朝だった。

時間はまだ4:30。流石に早すぎると思って布団の上でストレッチをする。

5:00になったら友人が起きた。二人でサンダルを履いて散歩に出る。

「信じられない光景だねえ」

何百年という年月を重ねた木々が生い茂っている。

「この苔の感じが最高だわあ」

会話をしているようでしていない、していないようで会話になっている友人との時間。

「近所の公園もいいけど、これぐらいの大自然は格別やねえ」

「当たり前やろ。比べるもんちゃう」

 

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散歩から戻ると住職さんが犬に餌をあげていた。

朝一番の散歩の時間だという。喜んで犬の散歩を買って出る。

「おいで!走ろう!」

アラサーの女が張り切って走ってみても、犬は走らない。

「普段から充実している動物は、余裕が違うなあ」

人間の勝手な思惑なんてどこ吹く風で、住職さんの犬は気ままなスピードで歩いていく。

犬の後ろからのんびりついていけば小さな滝、そして開けた広場にたどり着く。

まさに絶景。この風景を見てみたかった、と思う。

犬に導かれるまま来た道を戻る。犬は一切急いだりはしない。

 

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散歩から戻ると、座禅の時間だと教えられた。

服を着替えて、座禅道場に集合する。

窓を開け放てば蜃気楼のような緑が広がる。

「この風景をただ眺めに帰ってくる方も多いですね」と住職さん。

ここでも堅苦しい作法は抜きにして「このお寺ではこんな感じでゆったりと両手を組みますよ」だとか、「お腹の丹田を意識して姿勢を整えましょうね」と、柔らかい指導を受ける。

希望する人だけが肩を叩いていただけるルールになっていたので、座禅の最中に頭を下げて「叩いてください」と合図を送る。

眠気対策というよりも、「記念に一回ぐらい」という軽い気持ちだった。

座禅では右と左肩の両方が叩かれる。

右肩にバッシーン!と一発くらったあとに「ヤバい!痛い!」と後悔しても遅い。

すかさず左肩にもバッシーン!ともう一発やってくる。

座禅が終わった後に「すごい痛かった。一回でいい」と泣き言を漏らすと、慢性的な肩こりに悩まされている友人は「あと二回ぐらいお願いしたかった。すごく上手に叩いてくれた」と言う。

「座禅の使い方、間違っているで」

私たちの会話をききながらほかの参加者がまた笑顔になる。それはそれでいい感じだ。

 

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座禅が終わると、最後に朝食を食べて全てのプログラムが終了する。

「もちろん、おかわりありますからね!」と今日はしっかり友人に向かって住職さんが声をかける。

私が「よかったね。」と言えば「いや、もう無理!」と答える友人。

「実は昨日、食べ過ぎちゃってお腹が苦しくて目が覚めたのよ。まだ苦しい」とのこと。

宿坊に泊まりに来て、お腹が痛くなるまで精進料理を食べた人の話など聞いたことがない。

 

清々しい空気の中で味わうお粥は格別だった。

ああ、精進料理って素晴らしいな。

帰宅したら昆布やシイタケのお出汁や、豆や豆腐を使った日本古来の調理法を学んでみよう、とワクワクした。

帰宅後の課題、素敵なお土産をいただいた気分である。

 

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思い返せばたった1日、それも15時間ほどの滞在でしかなかった宿坊体験。

たった1泊、されど1泊。

「行きつけのお寺とか欲しいんだよね」という単純な動機から始まった宿坊体験であったが、1回目にして行きつけのお寺を見つけてしまった。

 

そして帰宅後は図書館に通い、あらかたの精進料理や、お出汁の研究を自分で行った私は3週間後には再び同じお寺に戻り、住職さんを質問攻めにするのであった。

この宿坊体験がきっかけとなって「精進料理マイスター」を取得するに至ったのだが、このお話はまた後日。

 

素晴らしい時間を提供してくださった住職さん、そして偶然の出会いでお世話になった参加者の皆さんに感謝しかない。