ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。現在はベルリン→東京へ移住済。海外経験後の帰国生活についても配信中。

【帰国物語】第三話: 地方在住無一文からの出直し。ワーホリ、海外フリーランス帰国3ヵ月で東京の一流企業に正社員で再就職。

これまでの帰国物語の2話分の文章で「コイツ、結局東京でもサクッと就職しちゃって楽勝かよ。自慢話乙。」って印象を受ける人もいるかもしれないので、今回はマジで泥臭い話を書きます。できるなら黙っておいた方がカッコいいに決まっているんだけど、「失敗談と失敗から抜け出す過程公開する」ことがこちらのブログの本業なので、帰国後3か月で何をして、どうやって東京で就職したのかをお伝えします。

【目次】

 

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ベルリン在住の現代美術家の塩田 千春さんの個展作品。

まだお仕事で悩んでいた時期だったのでボロボロの椅子に謎の共感を覚えました。

情けなくとも自力で這い上がるしか道がない。ほぼ無一文で帰国。

第二話で「帰国の理由を自分の中に見つけましょう」と書きましたが、精神的な納得の有無を差し置いても、金銭的な限界を感じていたのも事実です。私が帰国したタイミングは「自力で飛行機のチケットを買える最後のチャンス」と言ってもいいぐらい、貯金残高がピンチでした。

帰国を決めると同タイミングで「就職するならば東京しかない」と決めていたので、長崎の実家に戻るという選択肢はありませんでした。関東圏に親しい友人も住んでいましたが、いつまでかかるかわからない再就職活動の期間中ずっと居候させてもらうことも選択肢に入れたくなかったですし、たとえ一時的であったとしても金銭的な援助を実家から一切望めない環境だったので、自分で対応するしか道がありませんでした。

東京で就職活動を実施するために、関東圏で住み込みの仕事を決めてから帰国した

ではほぼ無一文でどうやって東京で就職活動をしたのか?私は初期費用も少なく、生活費が抑えられて、就活費用や引っ越し費用を貯金できる関東圏で住み込みの仕事を決めてから帰国したんです。「そんな都合がいい働き口があるの!?」と驚かれるかもしれませんが、あります。リゾートバイトという働き方です。簡単に説明すると「観光地にあるホテルや旅館に住み込みで働きながら、休日にその土地の生活を楽しむ」ということができます。私の場合は空き時間すべてを就職活動に充てていましたが、たまに観光しつつ息抜きもしました。

観光地の宿泊施設は辺鄙な場所に存在することも多いため、生活するための従業員寮が用意されている施設がほとんどであり、中には寮費や食費が無料という施設もあります。私は東京から2時間圏内(つまり休日に日帰りで面接にも行ける距離)かつ、休み時間に就職活動が行えるようにWifiも完備されている施設を探しました。条件は厳しくなりますが、探せばあります。

リゾートバイトの特徴として、バイトを派遣する会社とはWEB面接で面談してもらえるため、海外に居ながらにして上手くいけば10日ほどで採用確約してもらうことも可能です。その際過去の接客経験や社会人経験なども履歴書に盛り込み、対面したことがない施設の方にも安心して採用していただけるように心がけました。

就職活動をするならば期限設定を。住み込み契約完了までに就職先と引っ越し先を確定。

「住み込みで働きながら生活費を確保しつつ、就職活動を行う」だなんて、簡単に書いていますけど死ぬほどキツかったです。辛すぎて何度もベルリンの友人に泣き言を言いました。何が大変かというと、3か月しかない契約期間(自分で設定したんですが)において、序盤の2か月で採用通知まで確定させて、最後の1か月で東京での引っ越し先を確保するというスケジュールで進めないと間に合わないので、実質毎日が時間との戦いでした。

仕事はレストランに配属されたので、6:00~11:00頃まで朝食対応。長いお昼休憩をとって、16:00~23:00頃まで夕食対応。つまり実質11:00~16:00の間で企業調査や履歴書づくり、またWEB面接などをこなしていました。朝の仕事が終わり次第、走って帰ってシャワーで汗を流したら、シャツに着替えてPCの前に座って、誰もが知っている企業の人事さんと面接をするわけです。可能な限り14:00面接開始とかにしていただいて、お昼ご飯を食べながら面接対策をマッハで最終チェックしたりしていたんですよね。。。

休日は一日で3社ほど面接を受け、二次面接に進んでも転職エージェントさんに協力していただきながら、何とか同じ日の午前と午後に分けて面接をスケジュールしていただいていました。日帰りで対応した日もあれば、この時ばかりは友人宅にお世話になって二日続けて面接をした時もあります。私のスケジュールと合わないこともあり、役員面接無しで合否を確定してくださった会社もありました。。。

ありがたいことに序盤2か月で2社から内定をいただいたので、最後の一ヵ月は内定受諾の対応や、東京で生活するための引っ越し先探し、その他諸々の対応(就職予定企業の過去資料確認とかね)に追われて、あっという間に時間が無くなりました。引っ越しに関しても悩みましたが、資金の心もとなさと、どの地域が自分に合っているかなどの東京の知識がなさ過ぎたので、最初の半年は初期費用がほとんどかからないシェアハウスから始めることにしました。凄まじい日々でしたが、この3ヵ月における頑張りがなければ、今の私はありません。

 

リゾートバイトを安易に選択すると痛い目に見るよって忠告も書いておく

リゾートバイトと言っても仕事は仕事です。お金をもらっている以上手を抜いた仕事をすることはできませんし、すぐに採用されるということは「人が長く勤めない=仕事としてはキツイ仕事」という場合もあります。(※逆に気に入りすぎて延長契約が続出する施設もあります)私が働いた施設は、二度と働きたくはないぐらいキツかったです。仕事内容がきついのではなく、人間関係というか、全体管轄をしている男性が最悪でした。海外のお客様対応を説明もなく全て丸投げにしてくるのに、「調子に乗っている」と無駄に敵意をむき出しにされたりと、おそらく「日本社会における男尊女卑」の典型的なパワハラを受けました。何かあれば私が不利になる形で派遣元の会社にクレームを入れられたりと(その時の私はアルバイトという弱い立場でしたし)、「今の立ち位置が自分史上の底辺だと思って這い上がろう。クソほど良い会社に勤めて、この野郎にRIMOWAのスーツケース運ばせてやる」と思いながら就職活動も並行して頑張りました。(就職後はマジでどうでもよくなって泊まりに行くこともありませんが。)

新しい環境、仕事において住み込みで働きながら就職活動をするということは、心身にかかるストレス値が半端ないです。私ももう一度できるとは思いません。人生をやり直す、ここで這い上がる、と思っていたから乗り切れた経験です。もし就職活動がしやすい場所に実家があり、かつ馴染みの職場でアルバイトさせてもらえるのであれば遥かに楽なはずです。でも「やりたい仕事が東京にしかない」「マンスリーマンションを契約しながら就職活動するほど貯金に余裕がない」そんな場合は、関東圏で住み込みで働きながら就職活動するという選択肢もあることをお伝えしておきますが、マジで生半可な覚悟では対応できないからお気を付けください。特に一回社会人生活を経験した人材が、オペレーションなどがあるようでない施設で働くことになったらストレス高いと思います。。。

※※ちなみに大学時代に経験した別のリゾートバイトはめっちゃ良かったので!リゾートバイトの良し悪しは単純に施設にもよるし、自分の目標レベルにもよります。時間に余裕があり、働きつつ貯金するだけであれば、リゾートバイトは楽しい選択肢だと思いますし、友達が増えたり、きれいな海がある施設で恋人作って帰っていく人もいたし、良い面もたくさんあるので!リゾートバイトという働き方に関しては後日また書きます。

 

新卒以外の就職活動は転職のプロ、転職エージェントを使うのがカギ

帰国前準備に「住み込みでの仕事口を見つけてから帰国した」と言いましたが、もう一つ海外在住でも事前に用意できることがあります。それは転職エージェントとコネクションを作っておくことです。私もベルリンにいる時期から片っ端から合いそうな転職エージェントには登録しましたし、Skype面談もしました。

帰国前にある程度「どんな業界であれば、私という人材が求められやすいか」をヒアリングしましたし、同時に「私が本当に目指したい仕事、職種は何か?」など場所を問わずに準備できる自己分析、職業経歴書や刺さる履歴書などは対応したうえで帰国しました。最初は10社くらいとやり取りを行い、最終的に相性が良さそうな2社に絞って転職活動を行いました。2社以上活用することで手にする求人情報の量も変わりますし、場合によっては転職エージェント同士を競わせるということもできます。(私はそこまでするスキルも余裕もありませんでしたが。。。

「自分の価値を下げるな」卑屈になることを辞めて最終的に年収を100万上げた。

帰国当初の私は「正社員待遇で、できれば英語を使用できて、かつ東京で最低限の暮らしができる程度のお給料がもらえたら」という最低基準で仕事を探し始めていました。これを話したところ、ベルリンまで何度もビジネス書を送ってきてくれていた友人から「自分を低く見積もりすぎ!ベルリン時代の成果をゼロ、もしくはマイナスだと思っていたら足元見て舐められるよ!ベルリンで学んだことも多いんだから、大きくても小さくてもフリーで対応した仕事の成果や、自分の実力は提示して、その上で正当な年収を堂々と要求するべき!」と教えられました。

そのためお世話になっていた転職エージェントさんにも目指している最低年収と目標年収を事前にお伝えし、可能な限り目標年収に近い年収で進めてもらいました。結果、一番いい条件の会社に就職できましたし、福利厚生にも満足しています。というか、大企業の福利厚生の充実ぶりに驚いている。。。(ヨーロッパの弱肉強食の現実を見たことで、日本企業って実は世界で一番甘いんじゃないか?とすら思える。)

ただし、すごい分かりやすく年収が100万アップって書いていますけど、成果が出ていないとボーナス減りますし、実際に入社後最初のボーナスは満額支給より減っています。マジで世の中甘くないです。仕事の勝手も分かり、成果出せるようになったら今年のボーナスから満額+@で色付けてもらったよ、とお伝えしておきます。

 

会議の会話がまるでロシア語。未経験の業界で心が折れそうな時は初心を思い出す

最後に「給料も福利厚生も良くて英語も生かせる仕事につけて良かったね!」と、ここでハッピーエンドになるわきゃないので、もう一つ。30歳を目前に私は再就職しましたが、職種は経験値があったけど、業界自体は一切未経験、かつ個人的な知識もまるで追いついていない業界に入ることになったので、就職したばかりの最初の半年は、まるで会社で聞こえる単語や内容がロシア語かな?ってぐらい理解できませんでした。

もちろん新卒でもなく、20代後半のいい年した大人が雇われているんだから、あんまりポンコツすぎると周りもイライラしますよね。その時に根気強くご指導してくださった上司には感謝しかないです。

ただ、初挑戦の業界で一から社会人生活をやり直す困難を正しくお伝えしようとすると、最初の一年は「これはヤバいかもしれない」と思って精神科に行ったり、自殺センターに電話して「精神科よりも話を聞いてくれるし、コスパがいいな」と思ったり、住み込み時代とは違った苦しさがあったよ、ということ。それでも心がおれなかったのは帰国前に決めた「二度と買いたたかれない人材になりたい」と思っていたからだし、企業に勤めることで「友人をサポートできる側に回る」ことを目指していたからです。

「世界において買いたたかれない人材」とは?名刺代わりになるバックグラウンドを。

日本を出たら日本の大学名も、ほとんどの日本企業の名前も知られていません。でも、世界で知られている企業もあるし、業種で経験を積むことが大学に入りなおす以上の価値となると感じています。また、どんなにストレスが溜まっても「お金を頂戴して学ばせていただいている」と思えたのは、無給でも経験値を得ようとしていたEU圏のインターンの学生を知っていたから。

入社当時は毎日終電ダッシュをしていたので、翌日の出社準備が始まるまでの1:00~7:30までが私のプライベート時間でした。朝、ボロボロの心身で出社する時は「企業という大学に通っているんだ」と自分を鼓舞していました。

今働いている会社や職種は、海外の方にお伝えしても社名や職種で理解してもらえる知名度があります。大学に入りなおしてキャリアを作り直すよりも、まだポテンシャル採用という可能性を残してくれている日本企業の懐の広さを活用するのもアリじゃないでしょうか。ただし日本は年齢に厳しい現実があるので、未経験業界、もしくは未経験職種に挑戦するのであれば20代のうちが入りやすいし、入った後も周りからご指導していただきやすいという点は事実ですので、最後にリマインドしておきます。まあ、全ては個人差があるので、自分の強みを見極めながら、卑屈になることなくキャリアを積み上げていってください。

 

長くなりましたが、私が帰国後3か月で再就職したお話は以上です!

(転職エージェントの選び方だったり、どのような職務経歴書を意識したかだとか、細かいアドバイスなどは後日まとめるようにします。ワーホリ準備の貯金の参考になるかもだし、リゾートバイト情報も需要あると思うので、これも今年中にまとめます)

 

次回は第四話「『マズローの5段階』を東京で駆け上がっています!「自己実現の欲求」を満たしていくこと」について書きたいと思います。どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。