ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。

2018年ベルリン国際映画祭で絶賛された観察映画「港町」“この人にドキュメンタリー映像を撮られたくない”と思わされるほどのドキュメンタリー映画

もう一週間も前にベルリン国際映画祭は終わってしまいましたが、書き残したままの映画やイベント情報が手元にありますので、ここは初志貫徹でどんなに情報の鮮度が落ちてしまっても、今後映画が公開されたり、DVDや何かで作品を手に取った方が「この映画はベルリン国際映画祭にも行っていたのか。」と思った時に読める記事が一つでも多かったらいいな、そんな気持ちだけで書いていきます。今日は20日に鑑賞してきたNY在住の日本人監督想田さんの「港街」についてレポートします。

目次

映画の基本情報について

⑴映画の概要

www.youtube.com

ストーリー

そこは小さな漁師町、牛窓。高齢化の波が押し寄せ、漁師町でありながら漁業を継ぐ若者はほとんど街から消え去っている。のどかで温かなこミュニティーでありながらも、そこに生きる人々にはドラマがある。「観察映画」という新しいドキュメンタリー映画のジャンルを構築した想田監督の、渾身の最新作。

日本公開日:2018年4月予定

公式HPhttps://www.youtube.com/watch?v=vehnVnEdV8I

 

⑵監督の紹介:想田和宏

www.youtube.com 『選挙』そして『精神』が2009年のベルリン国際映画祭に招待されて以来、9年ぶりにベルリンに戻ってこられたとのこと。東大出身でNHKでも映像を作っていらっしゃった、経歴だけみるともうエリートど真ん中みたいな方だなあ、という印象。しかも観察映画の第一作品「選挙」は「大学時代の友人が選挙に立候補したからドキュメンタリーで追った」という、なんかキッカケからして凄いな、と思ってしまう。でも、映画祭でのトークはすごく軽快で楽しい方で、近寄りがたさとか難しい感じは一切なく、むしろ面白い感じ。想田監督が「ベルリン映画祭から僕のキャリアが始まっているから」と語られているインタビュー記事がこちらにあります。

www.goethe.de

*白黒映像で見せられる「港町」をこの記事の方は「まるで小津映画のようでした」と書かれていましたが、全くの同意見。小津映画に通じるような「近くて愛しくて、少し息苦しいぐらいの家族」的な町が描かれていましたね。

過去の作品

「選挙」

「精神」

受賞歴

ベオグラード・ドキュメンタリー映画祭 グランプリ「選挙」

最優秀ドキュメンタリー賞 ドバイ国際映画祭「精神」

 

ベルリナーレの会場や現地の様子について

⑴劇場の紹介

本日の会場はPotsdomer Platzの小さな劇場Kino Arsenal。なんとこの会場はベルリナーレのフォーラム部門によって運営されているとか。

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入り口はこんな感じ。ベルリナーレのオフィスの真向かいの通りにあります。Sony Centerの道路側といえば、分かりやすいかな。ドーナツ屋さんの横ですよ!

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すぐにエレベーターに乗って地下2階へ。そしてこの混みよう!上映30分前に会場しますが、劇場の入り口からエレベーターまで長蛇の列!ぎっしり!

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会場にはフォーラム部門の映画のポスターなども飾られ、他の大きな劇場に比べるとこじんまりしていてインディペンデント系映画を流してくれる、都会の小さな映画館のようです。(伝わるかしら?)

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今日の会場のシートも座り心地がいい。2時間以上ある映画ですから、居心地のいいシートはありがたいですね。

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⑵チケットの入手度合い

この監督さん「ベルリン国際映画祭から僕のキャリアがスタートした」と公言されているほどですから、とてもベルリナーレと関わりが深い方。その為ベルリナーレ関係者からも注目があったのか、結構チケットは取りづらかったです!

発売開始初日のチケットはオンラインですぐに売り切れ。

窓口では11:00頃では販売中、夕方18:00には窓口でも売り切れ。

上映当日の朝に、オンラインでチケットが再発売される。

私は初日は諦めて20日の19:45からの回で鑑賞してきました。

 

⑶現地ファンの反応

この映画は「映画祭マジック」とも言えるような、上映回数を増すごとに評価を上げていった映画でした。「映画祭マジック」とは映画祭期間中に「どの映画見た?」「AAAって映画見たよ、すごく良かった!是非見てみて!」「え〜、ノーマークだった!今からでもチケット買えるかしら?」って感じに、口コミで広がっていく現象のこと。(*私が勝手に名づけました)

プレミア上映に行けた友人から「いや〜、良かったよ」と連絡が来て、私もとっても期待値が上がった状態で出かけたのですが、同じような方が他にもいらっしゃり、待機の列で横同士になったドイツ人の方も「この映画、友達から勧められてチケット取ったんだよね」と嬉しそうに話してくれましたよ。上映はすでに3回目でしたが、今回も監督さん、またプロデューサーの奥様が来場され、上映前後に挨拶をして下さいました。その際の質疑応答の盛り上がり方を見ても、かなり観客の興味を引いていた作品だと思います。映画祭は期間中にこれでもか!と映画をハシゴする人たちも多いので、フィクションでエンターテイメント重視の映画を観続けてきた中で、ドキュメンタリー映画がグッとくる、そんな方が多かったのではないかと思いました。

勝手な映画評論

⑴一文字でいうと / 一言でいうと・・・

一文字:「生」の映画

一言:「“普通に生きている”人の中に様々なドラマを発見する」映画

ログライン

牛窓という高齢化と過疎化が進む街で、インサイダーでもありアウトサイダーでもある映像作家が浮き彫りにした、その街に住む人々の人生。

*ドキュメンタリー作品でもあるので、三幕構成などの分析は省略*

 

⑶勝手にほとばしる情熱的なコメント

「私は、想田監督にドキュメンタリーを撮られたくはない。」そんな風に思うほど、人の内側を描いている、乱暴に言えば「見せるつもりもなかった感情まで暴かれてしまっている」ドキュメンタリーだなあ、と感じました。観察映画とはよく言ったもので、確かに対象人物をつぶさに観察しているだけかもしれません。しかしその観察が「放っておいてはくれない」のです。例えば、90歳に近いおじいさんの漁師さんが、夜に漁に出て魚を網から外すシーンが延々と続きました。その外し方の器用さからおじいさんの長年の経験を感じますし、外す際に「コレはアカンわ」と網を切ってしまう行為で「道具が高騰している中でも、高価な網を消費しながら安価になった魚を採っては生活費を稼いでいるんだな」そんな苦労も伝わってきます。映画を「見て、聞く」という観客主体の鑑賞、つまり「観察」という行為を観客自らが始め、「対象人物の生き方」を読み取ろうとし始めるのです。

その行為の中でどうしても見えてしまうのが「内に秘めていたであろう感情」ですね。顕著に表れていたのが「何でも口にしてしまう、コミュニティーの中でも少し浮いている久美子さん」が勝手にしゃべったある女性の家庭環境でしょう。「あの人はね、同居している自分の娘と折り合いが悪いから、こんな風に街をブラブラするのよ」そんなことを、勝手に話されてしまう。カメラが捉えた先での話題にされている女性は「その話は止めて。カメラにも写さないで」と言葉にはしないけれども、目線で語っている。恥じ入るように視線を揺らがせ、後ろで縮こまっていながらも「私が言うと決めてもいないことを勝手に喋られてしまう」ことに対する嫌悪が浮かんでしました。そしてこれは、このコミュニティーがきっと同様に、どこでもかしこでも個人情報や共有、消費され、常にどこから自分の生き方や生活が他人の娯楽に使われているかもしれない、ということを表していました。表情を映し出すことによって彼らの内に秘めた「声にならない声」を映し出している、こんなところが怖いなあ、すごいなあ、と感じました。

次に「声に出てしまった声」を写しているのも衝撃でしたね。予告編でも出てくる「生きとってもダメじゃ」というセリフ、この後には予想だにしなかったお話が、久美子さんから溢れ出るのです。カメラの存在というよりも、誰かにわかってほしいと言う感情が溢れ出してしまう、ドキュメンタリー映画の持つパワー。誰にだって言語化したくない気持ちだってありますよね。でも出てしまう、それが形になってしまう。この点もまた、怖いと感じたのでした。「ドキュメンタリー映画の倫理」などを論じるつもりはないのですが、そこまで考えさせてしまうほどの生々しいドキュメンタリーが今作でした。

ほとんどがのどかな街の生活シーンで、牛窓という小さな街の何気ない風景をそのまま映し出し、切り取っただけの映画といったらそれまでなのですが、保守的で高齢化が進む街において、老人たちがどのように生き、どのように生活しているのか。「観察映画とはこういうジャンルなのか」と、上映前に文字で見聞きしていた言葉の意味が「腑に落ちる」という体験でした。ぜひ、監督の他の作品も見てみたいです。

 

舞台裏、その他の追加情報

上映前の挨拶

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“Thank you everyone for choosing us! Oh, that sounds like an airline company.”(皆さん、我々を選んでくださってありがとうございます。あれ、なんか航空会社みたいなセリフになっちゃったな。)—観客爆笑

僕の映画は「観察映画Observational movie」と名付けているのですが、だからと言って撮影スタンスは「第三者目線」であったり、対象から距離をとったりするわけでもありません。むしろ、グッと近づいてLook and Listen carefully、注意深く見て、耳を傾けることを大切にしています。その過程で見つけたものに基づいて映画を作っているんですよ。今日の映画では、是非とも皆さんにも同様に「見て、聞く」こと、同じスタンスで臨んでいただければと思います。

また僕は映画を作るにあたり「十戒」を自分に課しています。十の掟ですね。でも全部は覚えていないので読み上げたいと思います。—観客爆笑

—観察映画製作にあたる十戒

⑴Don’t research.

—事前調査はしない(*NHKと仕事をした際に散々事前調査を繰り返して、面白みがなくなってしまう気がした経験から)

⑵No meeting with subjects.

—ドキュメントする対象人物と事前打ち合わせもしない(*上記と同じ理由)

⑶No script.

—台本、筋書きは作らない(*観客が「ええ〜」とかなり驚いていました)

⑷Road Camera myself.

—自分でカメラを回す

⑸Shoot as long as possible.

—できるだけ長くカメラを回す

⑹Cover small area deeply.

—小さな範囲を深掘りする(*今作品「港町」は範囲1km以内で全て撮影されていたとのこと。)

⑺Do not set theme before editing.

—編集に入る前にテーマを決めてしまわないこと

⑻No narration and No music effect.

—ナレーションと挿入・劇中音楽は使わない

⑼Use long take.

—ロングテイクを使う

(10)Pay the productions by ourselves!

—制作費は自分で払う!(*観客拍手喝采!まさにブラボー!って感じ)

 

この監督さんはNY在住だけあって、英語がとても軽快で面白く、何度も観客をジョークで笑わせたりと、本当にトークがお上手な方でした。上映前に「最後のシーンがとても良いから、是非最後まで席を立たないでほしいな!」とコメントされた際も、観客が「オッケー!」みたいな感じで答えていて、もう会場全体と監督さんとのコミュニケーションが成立していたのですね。こんなに会場の空気が良い上映は初めてでした。いい意味で緊張感がなかったのです。

 

上映後の質疑応答

*結構楽しい質疑応答だったのですが、次の上映時間も迫っており、3人ぐらいで終了してしまいました。メモが不確かなので、ここの詳細は省きます。

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「皆さん、楽んでくださってありがとうございました!一緒にセルフィー撮りましょう!」

最後に観客と一緒にセルフィーを撮りました。とってもチャーミングな監督さん。そしてこの監督とプロドューサーのご夫婦を追っている、彼らのドキュメンタリーをとっている日本人の方がいらっしゃり、今回の会場でもカメラを回されていました。ドキュメンタリー作家がドキュメンタリーになる、なんとも面白い現象ですね。

 

Twitterでつぶやくと、ご本人にも届いているのね、感激!

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上映前にワクワクした気持ちをツイートすると、この映画の公式アカウントでリツイートしていただけました。

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また監督さんのトークの素晴らしさ、そのエンターテイナーな部分をツイートすると、監督ご本人のアカウントでもリツイートが!なんか、この映画祭で初めてTwitterの面白さというか、人と人のつながりやすさというものを体感した気がします。やはり、ご本人まで届くと嬉しいものです。この記事も、監督さんまで届くと良いな!

Twitterのみならず、映画祭の醍醐味も同様に「直接交流が持てる、監督の考えを聞ける」ことですよね。質疑応答、実はすごく聞きたい質問があったのですが、手をあげようかどうか迷っている間に時間切れで、質問できなくて残念でした。聞きたかった質問、折角なのでメモに残しておきます。

 

想田監督へ「観察映画を作るにあたっての編集の覚悟、理念は何でしょうか?」

「観察映画を撮るにあたって被写体にものすごく近づくこと、その意義とその手法を経て生み出される作品の素晴らしさは疑いようもないのですが、私は鑑賞後に『観察映画の被写体になるのは怖い』と感じました。視点を観客から製作者、また製作に関わった被写体の方々に移した時、作品のあまりの生々しさに『自分をさらけ出しすぎている』とか『あの感情、あの言葉は公開されたくない』と被写体側が躊躇されたり、逆に製作者として監督が『たとえカメラが回っていたとしても、これは個人として俺に話したつもりの言葉であって、果たして映像として世に出してもいいのか』と悩まれたりはしないのでしょうか?そんな時『世に出すのだ』と覚悟を決める時、その決断の背景にはどんなポリシーや理念があるのでしょうか?」

 

想田監督、是非またベルリンに戻って来て下さいませ。その際には勇気を出してちゃんと質疑応答に手を上げたいと思います。聞きたいことが沢山です!

 

次の記事では坂本龍一さんのワークショップに参加した時の様子について書きたいと思います。その後にはコンペティション部門で見た映画について書きたいな。アカデミー賞もあるし、それまでにベルリナーレ関連の記事は全部書いてしまいたいな、と個人的な目標をつぶやいて終わりにします。