ベルリンから人生敗者復活戦。

ワーキングホリデーの失敗談を綴る。その失敗の過程と、失敗から出直す、敗者復活戦の過程も勝手に配信する。

ベルリン見聞録:非人道的ナチスと呼ばれても、私は難民をアパートから追い出すことにした。「難民」という単語で思考停止しない。

善悪の判断に、背景知識も理由もいらない。ダメはダメ。

私はショックで驚いていた。答えが見つからなかったからだ。

「どうなの?YESなの?NOなの?」

困難な状況において、いつも親身になって相談にも乗ってくれている友人が、今まさに私を叩こうと、その右手を振り上げている。

「もう一度質問するわよ?今、私がアナタを叩いたら、アナタは私に『Fuck you!』ってちゃんと怒れるの?Yes or No?」

畳み掛けるように答えを迫られて、私は口を開く。

「まず、私は『Fuck you!』って怒鳴る前に、『どうして私を叩いたのか?』その理由を聞くわ。背景に何か私の知らない事情があるのかもしれないし、私が気づかないうちに何かアナタに間違いをしたのかもしれない。」

彼女は私の答えをあざ笑うかのように答えた。

「理由なんてないわよ。あったとしても『ムシャクシャしていた』その程度の理不尽な理由かもしれない。その時、アナタはどうするの?」

私はそれでも、まだ怒鳴り返せるか分からなかった。

「それでも、私はムシャクシャしていた理由を知ろうとするかもしれない。もしかしたら、その人にとって何か人生で大変なことが起きていて、どうしようもなかったのかもしれないと背景事情も考えたい。」

友人は呆れたような顔をしたあと、とても怖い顔になった。

「オッケー、じゃあ質問を変えるわ。アナタは、殴られて殴られて、病院にまでブチ込まれたら怒鳴り返すの?アナタは、抵抗しても暴力で押さえつけられて、レイプされたら初めて相手を憎むの?」

私はショックで言葉を失った。

「ダメなことはダメなのよ。危ないことは危ないの。そこに、理由も背景知識もいらないは。身の危険を感じた時は、ハッキリとNo!の声をあげなさい」

彼女はもちろん私を叩くことはなかった。

でも、私の心はブチ叩かれたかのように、衝撃を受けていた。

 

 目次

潜在意識に潜む「思考停止ワード」の存在を自覚しよう。

冒頭の会話文で、その時の私同様にショックを受けて頂ければ話が早いのですが、今回は「思考停止ワード」を軸に、物事の本質を見極めることについて考えたいと思います。まず、タイトルにつけたように、私は同じWG(ウェーゲー:ドイツ語でシェアハウスの意味)に住んでいる、難民の男性に出て行ってもらおうと考えており、実際に行動に移し始めています。

「難民を追い出すなんて!」とタイトルの時点でショックを受けている方のために、何故私がこのような決断をするに至ったか、決断するまでにどれほどの葛藤や準備を行ったか、その過程をシェアすることで、「難民」だけではなく、各自が潜在意識的に刷り込んでいる「思考停止ワード」の呪縛から離れ、物事をシンプルに、かつ真っ直ぐ本質を見極めて決断を下し、そして実際に行動まで移せるようになるよう、一石を投じる文章になればいいなと思っております。そのために、誤解をおそれず、一個人の考えをネットの海に浮かべようと思いました。この話は一人の「難民男性」をキッカケに展開していきますが、根底には「思考停止ワードからの呪縛を解き放つ」ことがテーマとなっております。デリケートな内容であるため、私も出来るだけ誠実に文章を綴るようにいたします。どうか、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。

 

決断を下すまでに、一年間、私は徹底的に、誠実に向き合った自負がある。

私は以前にもこの同居人に関する文章を記載したことがあります。WGという共同空間に住むもの同士として、トラブルを抱えながらも問題に向き合い、解決しようと模索していました。とっても期待や反省にも満ちた、いわゆるハッピーエンドな文章です。

www.berlin-fightback.com

この当時の私の考えや、決断に嘘はありませんし、その時で考えられるベストを常に考えて、そして迂用曲折しながらも行動にまで移しているな、と自分で読み返しても思います。しかし、この文章を読み返して感じたことは「十分に私は、相手に向き合ってきたし、チャンスも与えてきたし、すでに何度もトライしてきていたのだな」という安堵。一年かけて私は相手を理解しようと務めたし、背景知識も知ろうとした。疑問があれば話し合うように歩み寄った。そして言葉が不自由であろうが、精一杯の誠意で問題点を伝え、理由や「何故、この状況がアナタにとって(私ではなく、相手自身に)不利になるのか」という事実を説明してきました。

その上で、どうしても解決できなかった問題が彼のキッチンの使い方です。彼は、何度もオーブンやコンロのスイッチを消さず、何度もキッチンを煙だらけに、つまり火事一歩手前までの状態にしてきたのです。半年ほど前の文章を見ても「コンロが付けっ放し」事件のことが書かれていたので自分でも驚いたのですが、一年間暮らしてきて、彼は何度も同じことをしました。私は「調理中にキッチンから離れるのは止めてほしい。調理が終わるまでは、キッチンにとどまって。」と何度も伝えても、彼はチキンを火にかけたまま部屋に戻って別の作業を始め、作業に没頭し、チキンが焦げ、果ては炭になり、煙が充満したことによって私が部屋から飛び出すまでキッチンの惨状に気がつかない、そんなことが三ヶ月に一回ぐらい発生しました。

普通、一度で反省するものですし、二回目は更に反省すると思うんです。でも、彼は繰り返すたびに激昂し「君がキッチンでお茶を飲んでいたから、君がチキンに注意を払うと思っていた」と私を責めました。確かに、チキンについて何か頼まれていたならばまだしも、私は彼のお国柄どれぐらいチキンを煮込みたいのかは知りません。そして私は頼まれてもいないことのために、無駄にキッチンで延々とお茶は飲みません。もちろん、お茶が終われば部屋に戻って自分の仕事をします。彼の論点がずれていることを指摘しようとも、彼にとっては「君は俺の失敗を楽しみに待っている。俺の失敗を指摘することが好きなんだろう。」と被害妄想にかられてしまうのです。「あなたは日本人の味噌汁の作り方を知っているか?米の炊き方は?あなたが知らないように、私もあなたの料理は知らない。説明されなければ勝手なことはもちろんしない。あなただって勝手に私の料理に塩は入れないでしょう?料理をするということは、味付けと同じぐらい火の始末も自分で責任を持ってほしい。」ここまで説明すれば彼もやっと冷静になるのですが、まあ、私に言いくるめられることが一番嫌なのでしょうね。部屋に閉じこもり、焦がした鍋はそのまま。翌日チキンだけがゴミ箱に捨てられていて、彼自身はどこか友達の家に出かけて数日帰ってきません。焦がされた鍋は、洗われることもないまま、キッチンに放置。そして火加減と同様に、その存在すら忘れられているのです。「トラブルが起こってもひたすら対話することで解決を図ろう」と思って生活してきましたが、対話すら拒否され始めたので解決は望めない、ということだけが明確になりました。

年下女性の話を聞けないのは、文化的背景ではなく彼個人の問題です。

冒頭の会話は、ドイツ人の友人宅で朝食をご馳走になっている時に「異文化理解ってなんだろうね?」と私が漏らした疑問から発生しています。私は彼女に数日前に起こった問題に関して説明し、彼女の意見を聞きました。

「同居人の男性が、中東からきている難民で3歳ほど年上にあたるのだけれども、キッチンのコンロを付けっ放しにすることを繰り返すんだ。それをどんなに危険だから、火事になったら大変だからと繰り返し指摘しても、彼は反省するどころか、私に何か失敗を指摘されていること自体に腹を立てて、問題自体を見ることができない。これって、中東の文化で女性が軽視されているから?女性で、しかも年下の同居人に怒られることが嫌なのは分かるけれども、話し合いをしようにも彼は大きな声で怒って、そのまま部屋に閉じこもることが増えた。話し合いすらできないから、正直家をあけることが心配になるレベルなんだけど。こんな時って、どうやって話し合えばいいの?」

彼女は「WHAT!?(何それ!?)」と驚いた後に、

「話し合いなど必要ない、サッサと追い出しなさい。悪いことに理由も文化的背景もないわ。ドイツにいる以上、ドイツの価値観で構わない。ここでは火事は大問題だし、アパート全体で考えても彼は危険人物よ。悪いことを繰り返すのは、彼自身の問題だから。理由を考える前に追い出しなさい。」

と断言しました。そして冒頭の会話へと繋がったのです。

 

「殴られてから、家が燃やされてから君はNO!の声を上げるのか?」

その助言の後に、私が冒頭のように「まずは理由を聞くし、彼の背景知識も理解したい」というスタンスを提示したんですね。そして彼女は物事をハッキリ分からせるために、彼女が幼少期に目撃した事件まで話してくれました。

「私は、アパートの火事を目撃したことがあるの。エレベーターがあるぐらいの階層が多いアパートで、一角で火事が起きたのよ。その時にね、子供たちが

逃げられなくて亡くなったのよ。火事を起こしたのは別の部屋の住人だったのに、同じフロアの住人の子供が命を奪われたの。」

ここまで言われて初めて私は問題点を理解しました。私がグダグダと理由探しや、正直言って「難民をアパートから追い出した非人道的な人間だ」と非難されたくないという気持ちに引きずられている間に、アパート全体の住民さえも危険にさらしていたのだと。

「アパートの火事はね、悲惨よ。あなたのアパートのオーナーは、あなたの長年の友人でしょう?その人がね、最終的な責任を負うのよ。あなた、大事な友人を破産に追い込んでもいいの?難民男性が自分で払いきれる額なんかじゃないのよ。責任は、あなたの友人が被るのよ?殴られてから、家が燃やされてからあなたはNO!の声を上げるの?今すぐ、アパートを所有する友人に事実を連絡しなさい。追い出すかどうかの最終決定は、その人が下すから。」

一晩考えて、私は翌日の朝、アパートを所有する友人に事実を連絡しました。

何故決断するまでに一年もかかったのか?「友人から絶対的な信頼を勝ち得ていたから」

私は、アパートを所有する友人から絶対的な信頼を得ているという、自覚がありました。だから、感情的な判断であったり、知識不足による判断で、私を全面的に信頼してくれている人に「相手(同居人である難民男性)に不利になる報告」を安易にしたくはないと考えていました。

信頼されている自覚を持つという点は、自信をもっている、という意味合いと少し異なっています。「私は信頼されていると(自己認識における)自信を持つ」ことと、「私は信頼を与えられていると(他者の認識を)自覚する」ことでは、腹の据わり具合が違う(この表現でいいのかな?)と思うのです。私は信頼されている自覚があったからこそ、少しでも相手に不利になることは安易に報告しませんでした。報告する前に、徹底的に私のステージで、問題解決を図ろうと考えていたからです。

また、友人の哲学的な生き方も理解していましたし、同じような哲学で生きていきたいと常々考えて過ごしてきました。だから私と友人の信頼の置き方は多分世間からは少しズレていて「君が言うならば本当だ」という、絶対判断が即座に発生することも分かっていました。私が話をしようとする人は、事実確認も、なんだったら理由説明すらいらない人なんです。そんな人に感情的な判断で「この人は嫌いだ」と報告はできません。私が報告するときは「報告するに至る理由と過程があった」と無条件に信じてもらえますから、その分大きな責任を感じていました。だからこそ、自分自身の思考の海に絡め取られてしまった、という反省もあります。

相手を「難民」とか、「シングルマザー」とか、「ゲイ」だとか。「女性」だとか「男性」だとかラベル付けして正しく人格や人物自体を見つめることが出来なくなっていませんか?

もう、これに限るんですけれども。私は、今回の問題の相手が「難民」であったから、非常に判断に困りました。異文化でもあったし、年齢差もあった。宗教は同じキリスト教だったけれども、正直彼は教会に通っている様子はないから、価値観を許攸しているとも思えない。また「彼は難民である」という事実が、私にとってどれぐらいのインパクトを持っていたかを正しく説明し辛いのですが、私が抱えていた葛藤の原因の一つに「難民(一応の難民認定は出ていても、ドイツ国内でより守られた状態になるブルーカードなどのビザ審査中の状態の人)がアパートを見つけることは難しい」という事実があります。ただでさえアパートが見つかりにくいベルリンにおいて、仕事もない、ビザも審査中、ドイツ語も流暢に話せない難民が部屋を勝ち取るなんて難しいことなんです。何度が紹介しているポルトガル人の友人は、1年以上アパートを探しているけど見つからなくて、仕方なく元彼と住んでいたりするんですね。アパートが見つからない、そんな状態が分かりきっている中で「難民」を放り出す、そのキッカケをつくれますか?その決断は、やはり下しにくかったですよ。

一年判断を待ったことで、相手の状況も少しずつ見えてきました。実はお国の実家が裕福で、難民であっても経済的には何ら苦労はしていないこと。ドイツ、しかもベルリンにおいて、何十年も前からドイツに移住を果たした親戚が住んでいること(つまり、アパートから出て行くことになっても、難民キャンプには行かず、彼の親戚がセーフティーネットになり得ること。またその親戚との関係も良好であること)更に、彼にもブルーカードのビザが降りたようで、難民としての地位も安定したとのこと。ここまでの事実が見えて、私は「難民を道端に放り出してしまう!」という葛藤からは解放されました。あとは文化的背景からの問題とか、そのような部分での葛藤が残ったのですが、その点は何度も繰り返しておりますが、ドイツ人の友人との徹底的な会話で解消されました。(結局朝食から夕食まで話し合いました。お互いにフリーランスだから時間の融通が出来ちゃう)でも、一年も待つ必要があったかというと、正直そうではなかったかな、と思います。

つまり私は「難民」という相手の立場を鑑みすぎて、色んな事実から目をそらして飲み込んでしまっていたんですね。最終的には私は「理解しよう」という立場を強く持ちすぎて、正直相手にも舐められていたと思うのです。ドイツ語の問題かと考えても、互いのドイツ語力は飛躍的に向上しました。だから言葉の問題ですらなかった。結局は、個人と個人。人としての問題だったんですよ。私は「この人は難民だから」とか、「中東の男性だから(私が女で年下だから)」とか、そのように相手をラベリングして、そして正しく人格を見極めていなかった。彼は決して悪い人ではないけれども(だから心苦しさもあるのですが)、同居人を尊重できなかったり、(まあ、ここはもう別にいい)アパート(という、他人の資産)を大切に扱えない、この事実は決定的だろうと。難民でも、本当にシッカリしていて礼儀正しかったり、努力家の人はいらっしゃいます。難しい状況であることを差し引いても、話し合いを放棄するような人とはこれ以上向き合えない。つまり「難民」である前に、彼は「一個人」であるし、一個人を前にして私は徹底的に向き合おうとした。それが全てであったと結論づけました。

「あの人はシングルマザーだから仕事が遅い」のか、それとも「仕事の手順が悪い(単純に割り振られている仕事量が多すぎる)」だけなのか。「あの人はゲイだからファッションセンスがいい」のか、それとも「彼が毎月女性誌をチェックしてトレンドを勉強している」のか。「この人は女性のくせに家事ができない」と思うか、それとも「ただ単に家事が苦手なんだね、でも整理整頓はすごく上手」と思うのか。「あいつは男のくせに女々しい」と思うか、それとも「すごく繊細な感覚の持ち主なんだ」と思うのか。

ラベルをつける前に個人として相手を見ていますか?私が今回の相手を「難民」、その一点でどこまでも、どこまでもラベリングして本質を見失いそうになっていたように、あなたも「〜だから」というラベリングで思考停止してしまってはいませんか?ラベリングして思考停止している限り、本質的な問題解決からは遠ざかってしまうと思うのです。この一点をお伝えしたくて、今日の文章を書いています。

 

物事を考えるにあたり、背景情報や相手の事情などを鑑みることも大切だけど、問題は問題自体を様々な事情から切り離して見つめるべきだし、判断すべきです。

私は本当にずっと考えに考えて、いっそのこと彼を通して見る「難民」全てに批判的な考えを持つ寸前でした。今は「難民」にも「戦争難民(一般的な人がイメージする、戦争から逃れてきた人たち)」と「経済難民(母国が経済的に破綻していて、仕事を求めて移住したい人たち)」と背景に違いがあったり、各個人で事情もスキルも、そして覚悟も違うと、区別して見ることができるようになりました。私は、相手を「難民であるから」と無条件に判断し、勝手な推測で推し量ることをやめました。それ以前に個人として向き合うようにしました。相手に歩み寄っているようで、実は差別していたんだと気がつきました。「可哀想」だとか、そのような「善意」からきている「つもり」の感情であっても、差別になるのだと自覚できました。

繰り返しますが、物事を考えるにあたり、背景情報や相手の事情などを鑑みることも大切だけど、問題は問題自体を様々な事情から切り離して見つめるべきだし、判断すべきだと思います。各方面には配慮するけれども、よく分からない(調べていない、知らない、聞かされてもいない)他人の事情でシンプルな問題を複雑化して、解決できなくなっている人達に、再度考え直すキッカケを持って欲しいと思ってこの文章を書いております。知らないなら調べましょう。調べて、考えて、判断したらいいじゃないですか。思考停止ワードで立ち止まっていたら問題は解決しません。

「思考停止ワード」の呪縛から解放されたければ、行動しよう。

(知ろう、調べよう、学ぼう、そして考えよう)

私のように判断までに徹底的に(自分が納得する時点まで)物事を調べたり、知りたい、と思う人も多いでしょう。その時は、本当に調べたらいいと思うし、実際に質問したり、情報や知識を持っている人に会いに行くことも大切だと思います。私はドイツ人の友人と「ドイツが難民支援を拒絶しないのはナチスの歴史からか」という点までも話しました。「日本人が、最後まで耐えに耐えてから一気に行動に起こすのは、神風特攻隊を思い返す」という話だってされますしね。次回から2回に分けて、今回私が決断するまでに学んだこと、調べた「難民」に関する情報を整理してシェアしたいと思います。

 

第二回:今、何が起きているのか?ドイツ、ヨーロッパにおける難民関連のニュースの整理とドイツ人の友人の考えをまとめる。

 

第三回:私は大学の卒業論文で「日本国内の難民の現状について」執筆しました。日本の難民政策、現状はどうなのか。数字で感じる「日本の難民」の存在、情報を整理します。

 

あくまでも私というフィルターを通した情報であることは留意しておいていただきたいのですが、調べるにあたって情報が一気に整理されているページがなかったので、私個人でまとめようと思い立ちました。あと2回、真面目な話が続きますが、どうぞお付き合い頂けましたら幸いです。

 

蛇足*

連絡をいれたアパートを所有する友人からは「一切の説明はいらない。すぐに対処する」と簡潔な返答を頂きました。やはり「You have my 100% trust.(君に100%の信頼を置いている)」と言ってもらい、今回一年間判断に迷いましたが、迷った上で決断し、報告しているので決意を持って「お願いします。」と返信することができました。同居人が実際に出て行くまでには時間がかかるとは思うのですが、今回、しっかりと考えた上で行動が起こせたので、今後このことで悩むことはないだろうと胸をなで下ろしています。何よりも心配してくれている友人たちが胸をなで下ろしております。「お前、やっとか!」と怒られました。。。

 補足*

ここまで書く必要はないと思うのですが、それでも「難民」というワードで思考停止してしまって、本質的な問題点が伝わらない人から受けるかもしれない質問に先に答えておきます。

「キッチンの使い方ぐらい、あなたが気をつけてあげたらいいじゃない?チキンだって、意地悪言わないで焦げる前に火を止めてあげたら良かったのに」

私は24時間、自宅には滞在しておりません。朝から夜まで留守にすることもありますし、他国へ数日出かけることもあります。その際に、信頼できない人が、アパートを火事にしていたら、私は友人に切腹しても申し訳が立ちません。基本的にはサムライの精神性なので、私は火事を起こしたという事実よりも、それを事前に防げなかった、信頼に報いる行動が起こせなかった申し訳なさがたまりません。だから、友人の資産への意識は圧倒的に同居人よりも高いです。

チキンぐらい火を止めてあげることは可能です、その瞬間は。過去に2〜3度、すでに私が火を止めて、難民男性に「キッチンが火事になるところだったよ、気をつけてね」と言葉で注意しました。でも、実際に何も焦げてもいなければ煙も充満していないので、問題の大きさが伝わらなかったんですね。だから私は「現場を見せる」「問題を実感させる」ように対応を変えた経緯があります。実際にチキンが焦げてから私は注意するようになりました。すると彼は「しまった!」という表情になり、「ヤバイ」という気持ちになります。最初は何度か彼も少し反省の意を見せましたが、数ヶ月経てばコロッと忘れてしまいましたね。で、最終的には逆恨みになったので、私は決断を下しました。友人に連絡した翌日、まるでドラマかのように、アパートの火事を目撃しました。

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これが、あなたのアパートだったら、あなたはどうしますか?

私は、目の前の問題を解決したいのではないのです。根本的な問題を解決したいのです。私は彼のお母さんではありません、嫁でも彼女でもありません。だから、彼には自分の行動に責任を持ってほしいのです。だから言葉で分からなければ、実際に見て感じてもらうしかなかった。それでも態度が変わらなければ、彼はアパートを出て行くべきだと思います。ここまでご説明しても「チキンがわざわざ焦げるまで待つなんて性格が悪い」と思われる方は、誰かと同居する際には24時間キッチンで寝泊りをされたらいいのではないかと思います。私は、キッチンでは寝ません。朝から出かけて夜までお仕事をしますし、必要があれば他国に数日出かけます。その為にも、信頼できない人は、それ相応の対処をされてしかるべきだと考えております。その他の質問があれば、いつでもコメント欄までご連絡くださいませ。私にも考えるべき点があれば、一緒に考えさせていただけたら光栄です。